現場からの帰りの車中・・・車内の空気は重い。
誰もがカイザーを心配し、また・・・狂気の惨劇に疲れ果てていた。
・・・オレたちを乗せた車が幾分か進み、GXが近付くにつれ、オレは次第に落ち着きを取り戻し自分なりに事件を振り返った。
・・・。
おかしい・・・。
オレが窓際の犯人を撃ち抜いた時に下された狙撃命令。
オレの銃弾をきっかけに、その後すぐに激しい銃撃戦を招いた事から気が動転していたが・・・あの時、下された狙撃命令。
翔と万丈目には聞こえなかったのか・・・?
だとしたら・・・誰が!?
「お前たちには、あの声は聞こえなかったのか?」
オレの中の疑問が膨れ上がり沈黙している車中を破り、翔と万丈目に問いただす。
「声?」
「・・・声ってなんスか?」
突然投げ掛けた質問に翔と万丈目は戸惑った様子を見せた。
オレは質問を繰り返す・・・。
「オレが撃つ前に、狙撃命令があった筈だ」
「えぇっ!」
翔はオレの質問に驚き、すぐに万丈目の顔を見つめた。
あの狙撃命令は翔のインカムには受信されていない・・・。
受信していたなら万丈目に確認するように振り向いたりはしないだろう。
「あったか?」
「ううん・・・・・・」
・・・。
驚いた様子の翔に受信確認をする万丈目も、あの狙撃命令を受信していない事を裏付ける。
・・・オレが受けた狙撃命令。
オレだけに送られた声・・・。
あの声は一体誰が・・・。
静まりかえった署内の廊下。
待機室へ向かうオレの足取りは重い。
落ち着きを取り戻すごとにオレが犯したミスの重さを痛感する。
いかなる状況であっても絶対に狙撃ミスは許されないのがオレたちGX隊員の宿命。
現に今回の事件でオレが放った銃弾により、一般人が取り囲む街中で銃撃戦という白昼の大惨事を引き起こした。
だが・・・今のオレの意識を支配しているのは・・・。
『撃て』
オレのインカムにだけ受信した狙撃命令。
聞き間違いなんかじゃない。
あの時・・・動揺していたのは確かだが空耳で狙撃命令を・・・。
!
動揺・・・?
・・・。
銃弾を放つ時・・・オレは確かに激しく動揺していた。
『じゅ・・・う・・・だ・・・い・・・』
オレが撃ち抜いた犯人の男が呟いた口の動き・・・あれは確かにオレの名前。
何かをオレたちに向かって呟いたのは翔と万丈目も確認している。
あの男は、オレたちではなく明らかにオレだけに視線を送り続け・・・オレの名前を呟いた。
何故、オレの名前を・・・?
・・・。
分からない・・・。
冷静に振り返れば振り返るほどに奇怪過ぎる・・・。
頭を過ぎる奇怪な現象を振り払えないまま、オレは待機室の扉の前まで辿り着いていた。
待機室の扉を開くと、帰還早々電話機からコール音が鳴り響く。
事件・・・!?
待機室へ先頭で入ったオレは電話を受ける為、急いで歩幅を速めた。
オレたちGX隊員は出動後、帰還したからといっても一時たりとも気を緩められない。
凶悪犯罪やテロリストはオレたちの都合等お構いなしだ・・・。
カイザーが不在である今こそ、オレたちがしっかりしないと・・・。
「はい。こちら・・・」
『気に入った!?』
!
ボイスチェンジャーか何かで加工された無機質な声がオレの応答を遮って話し出した。
・・・オレたちGXは特殊部隊の為、この待機室への直通番号は組織上層部か、しかるべき機関にしか伝えられていない。
「誰だ・・・!」
間違い電話なんかじゃない。
加工した声で語り掛けてくるなんてコイツ、挑発的だ。
誰だ・・・何が言いたいんだよ!
『気に入ってくれたでしょ?』
「お前は誰だ!」
『君が僕の思惑通り動いてくれて、嬉しかったよ』
!!
思惑通り、だと・・・?
何の事だ?
コイツ・・・GXじゃなく、『オレ』に電話してきたってのか!?
『君が、あの男を殺した時・・・思った以上にキレイだった』
なんだって・・・あの男を殺した・・・オレが・・・。
一瞬、オレが言葉を失っていると相手が続けた。
『また見たいな・・・。また一緒に出来るよねぇ?』
「ふざけんな!」
誰だ!
コイツ・・・オレの事を知っているのか!?
また見たいだと・・・?
オレが犯人を撃った瞬間をコイツは見ていたってのか・・・。
『さて、話は変わるけど・・・君の大切な隊長殿の様態はどうなったかな?』
「何っ!?」
『ちゃんと、神経を狙って撃ったからね、これは僕からのプレゼント。・・・ふふっ』
どういう・・・意味だ。
一方的に電話を切られ、オレは受話器を抱えたまま動けずにいた・・・。
『大切な隊長殿』
『神経を狙って撃った』
『プレゼント』
・・・。
「おい、どうした?」
呆然とするオレを見かねて万丈目が心配そうに声を掛けてきた。
万丈目の問い掛けに我を取り戻し、オレは今の電話の内容を万丈目たちに伝えた。
「・・・犯人は、アイツらだけじゃない。まだ残っている!」
「ええっ!?」
「何だって?」
オレの言葉に顔を見合わせて驚く翔と万丈目を余所に、オレは混沌としていたあの会話からある一言を思い出す。
『神経を狙って撃った』
・・・。
「いや、それよりも、カイザーはどうなったんだ!?」
今の電話の会話が本当ならカイザーは・・・。
困惑している二人に唐突に尋ねると翔が静かに答えてくれた。
「お兄さんに付き添った奴からは、まだ・・・」
!
翔の言葉を遮るように再び電話が鳴り響いた。
さっきの、アイツから・・・!?
・・・アイツからの電話だとすればオレ宛の電話に違いない・・・。
躊躇いながらも受話器を取ろうとしたオレの手を翔が制した。
「ボクが取る」
「はい、こちら、けいし・・・えっ!?はい。はい・・・」
受話器を置く翔にオレと万丈目の視線が集まる。
翔は大きく息を吐いて重たそうに口を開いた。
「お兄さんの右腕・・・」
カイザー・・・?
カイザーに連れ添った隊員からの連絡だったのか!?
翔の次の言葉に息を呑む・・・。
「絶望的だそうだよ・・・」
・・・。
絶望的・・・。
翔の言葉に、耳を疑いながらもオレの頭の中では、電話のアイツの声が重なってくる・・・。
『これは僕からのプレゼント』
・・・。
・・・・・・。
「カイザー・・・」
オレの口から零れ落ちたカイザーの呼び名が、GX待機室に重く響き渡る・・・。
あの銀行強盗事件から一週間が過ぎた。
奇跡的に人質は全員無事だったが、オレたちのGX小隊を率いていたカイザーはあの銃撃戦で受けた銃弾により右腕が動かなくなってしまった。
オレが撃ち抜いた一発の銃弾によって・・・。
オレが引き起こした銃撃戦によって・・・。
オレは・・・大切な人の人生を変えてしまったんだ。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
「カイザー・・・腕・・・大丈夫かな・・・」
汚いボロアパートの片隅で膝を抱えて縮こまりながらオレはふと、そう呟いた。
・・・大丈夫な筈、ないだろ!
狙撃部隊を率いる隊長が右腕を失うんだ。
銃を撃つ事だって、対峙した犯人を制圧する事だって利腕を失っては、何も出来やしない。
オレが原因でカイザーは・・・カイザーの腕は・・・もう二度と・・・。
カイザーに顔向け出来ない・・・。
・・・分かりきった事なのに・・・。
あの事件から一週間、オレはこのボロアパートの中で同じ事ばかり考えては変えようのない現実を噛み締めている・・・。
・・・情けない・・・。
堕ち果てた自分に呆れ、嫌気が差し自嘲した嗤いが込み上げてくる。
「ははは、辞めたって言うのに、オレはまだ未練があるって言うのか・・・?」
事件の混乱を招き、人質を命の危険に晒した責任を取って特殊狙撃部隊GXを脱退・・・。
体裁の整った理由に聞こえるが、逃げ出しただけだ・・・。
今のオレは『人を撃ち殺した』過去すら清算出来ない卑怯者・・・。
人質を危険に晒し、一般市民を巻き込み、大切な人の人生を狂わしたって言うのに・・・。
・・・カイザーに・・・会いたい。
・・・。
玄関のチャイムが鳴り出した・・・。
「・・・誰?」
GXを脱退して一週間。
このボロアパートに訪問する人なんて誰一人いなかった。
一体誰が・・・?
チャイムが押される玄関に振り向いて見たが、訪問者が誰であろうとドアを開ける気にはなれない・・・。
再びチャイムが押される。
何かの勧誘か、セールスマンならそのうち帰るだろう・・・。
来訪者が帰る気配を待ちながらぼんやりと玄関を眺めていた。
・・・。
しつこいな・・・。
帰る気配なく、繰り返し押されるチャイムにオレは気だるく体を起こし、のそのそと玄関に向かった。
誰なんだ・・・?
在職中にアパートにいた時も、勧誘とかセールスが来た覚えがない。
今にも壊れそうなこのボロアパートに熱心に勧誘活動しても仕方ないだろ・・・。
しつこく押されるチャイムにいい加減うんざりした頃、ようやくチャイムの音が止み、ドアの外から声がした。
『おーい、十代!居ないのかぁ〜?』
!
「・・・ヨハン?」
ドア越しにオレの名を呼ぶのは、予想すらしなかった来訪者の声。
ヨハンの声だ・・・。
でも、ヨハンが何故・・・今日、オレの所に・・・?
戸惑っているオレにヨハンはドア越しに繰り返し呼び掛け続けている。
どうしよう・・・?
呼び掛けに応じる
呼び掛けに応じない